== 不等式の証明1 ==
【大小比較の原則】
a>bを示すためにはa−b>0を示せばよい.
 2つの数a, bについて,a−b>0のときにabよりも大きいといい,a>bと書きます.つまり,a−b>0a>bの定義です.
 移項したら当たり前のことに見えるので,上のようにわざわざ言うことにどんな意味があるのか疑問に思うかもしれませんが,一般に「a>bを示すよりはa−b>0を示すことのほうが簡単になります.」
【例1】
 a>b, c>dのときac+bd>bc+adであることを示すのは簡単ではありませんが,その代わりに(ac+bd)−(bc+ad)>0を示すことは比較的簡単に行うことができ,これによってac+bd>bc+adの証明とすることができます.
【例2】
 a2+1≥2aを示すことは必ずしも簡単ではありませんが,a2+1−2a=(a−1)2≥0は簡単に示すことができます.

 次の性質は上の大小比較の原則から証明できるものですが,よく登場するのでこれら自身も定理として覚えてすぐ使えるようにします.
【不等式の基本性質】
○両辺に同じ数を足したり,両辺から同じ数を引いても大小関係は変わらない
a>bならばa+c>b+c …(1)
a>bならばa−c>b−c …(2)
○両辺に同じ正の数を掛けたり,両辺を同じ正の数で割っても大小関係は変わらない
a>b, c>0ならばac>bc …(3)
a>b, c>0ならば> …(4)
※次の(5)(6)は,間違いが多いので要注意です.
○両辺に同じ負の数を掛けたり,両辺を同じ負の数で割ると大小関係は逆になる
a>b, c<0ならばac<bc …(5)
a>b, c<0ならば< …(6)
(1)の証明
仮定によりa>bだからa−b>0
←使いやすい形に直しておく
このとき,
(a+c)−(b+c)
←ここで(a+c)−(b+c)>0と書いてはいけない.言いたいことと言えていることは違う!
=a+c−b−c
←途中経過では>0とか<0のような「判断」をしないこと.(「どうなるか調べてみよう」の立場に立って,変形だけを行う)
=a−b>0
←仮定によってこれが言えるから,ここまで来てからようやく「判断」を示す.
ゆえに,a+c>b+c (証明終り)
←ここまでの変形で
(a+c)−(b+c)>0が示せたから,大小比較の原則によって
a+c>b+cが言える
(2)の証明
仮定によりa>bだからa−b>0
このとき,(a−c)−(b−c)=a−c−b+c=a−b>0
ゆえに,a−c>b−c (証明終り)
※(1)(2)の足し算,引き算に関する性質はcの符号が正でも負でも変わりませんが,(3)と(5),(4)と(6)の掛け算,割り算に関する性質はcの符号によって変わります.
(3)の証明
仮定によりa>bだからa−b>0
このとき,ac−bc=c(a−b)
ここで,同符号c>0a−b>0のものを掛けると正になるから
c(a−b)>0
ゆえに,ac>bc (証明終り)
(4)の証明
仮定によりa>bだからa−b>0
また,仮定によりc>0
このとき,=
ここで,同符号c>0a−b>0のものの割り算は正の数になるから
>0
ゆえに,> (証明終り)
(5)(6)の証明では,異符号の数の掛け算,割り算が負の数になることを使う.

【例1】
a>b, x>yのとき,次の不等式が成り立つことを証明してください.
ax+by>ay+bx
(解答)
仮定よりa−b>0 , x−y>0 ←大小比較の原則を使って仮定を使いやすい形に直す
このとき
(ax+by)−(ay+bx)
←結論の(左辺)−(右辺)を作る.
不等式ではなく「式」だけを書き,「どうなるか調べてみよう」という立場で書くこと.
まだ結論は「言えていない」ので結論を「言ってしまうと」一発アウト
次の答案は零点
(ax+by)−(ay+bx)>0
=ax+by−ay−bx ←ここでも変形だけを示し,結論の「判断」はしないことが重要
=a(x−y)+b(y−x) ←仮定が使える形:因数分解を目指す.
ここでも変形だけを示し,結論の「判断」はしないことが重要
=a(x−y)−b(x−y) ←同上
=(a−b)(x−y)
仮定によりa−b>0 , x−y>0だから (a−b)(x−y)>0
したがって
(ax+by)−(ay+bx)>0
ゆえにax+by>ay+bx
←証明問題では,
結論(...>...)は最後に示される
【問1】
a>b, x>yのとき,次の不等式が成り立つことを証明してください.
a+x>b+y
(解答)…空欄に入るものを右の欄から選んでください.
仮定よりa−b>0 , x−y>0
このとき
(1)
=(a−b)+(x−y)
>0
ゆえに
a+x>b+y
(1)
a+x>b+y

(a+x)−(b+y)>0

(a+x)−(b+y)

a>b, x>y

【問2】
a>b, x>yのとき,次の不等式が成り立つことを証明してください.
(a+b)(x+y)>2(ay+bx)
(解答)…空欄に入るものを右の欄から選んでください.
仮定よりa−b>0 , x−y>0
このとき
(1)
=ax+ay+bx+by−2ay−2bx
=ax−ay−bx+by
=a(x−y)−b(x−y)
=(2)>0
ゆえに
(a+b)(x+y)>2(ay+bx)
(1)
(a+b)(x+y)>2(ay+bx)

(a+b)(x+y)−2(ay+bx)>0

(a+b)(x+y)−2(ay+bx)

(2)
(a−b)+(x−y)

(a−b)(x−y)

(a+b)(x−y)

(a−b)(x+y)

【例2】
a<b<cのとき,次の不等式が成り立つことを証明してください.
a<<c
(解答)
仮定よりb−a>0 , c−b>0
a<b<cの仮定はa<bb<cに分けて使う.(このとき,a<cは上の2つから導けるから不要)
このとき
−a
a<<cの結論は
a<<c
に分けて示すことを目指す.
=
←変形だけで押していく
=
←変形だけで押していく
=
←同上
仮定によりb−a>0 , c−a>0だから
>0
←正の数の和は正
ゆえに
>a
←証明問題では,結論(...>...)は最後に示される
また
c−
=
=
=>0
ゆえに
c>…(証明終り)
【問3】
a<b<cのとき,次の不等式が成り立つことを証明してください.
<<
(解答)…空欄に入るものを右の欄から選んでください.
仮定よりb−a>0 , c−b>0
またc−a>0
このとき
(1)
=
=
=
=(2)>0
ゆえに
<

また
(3)
=
=
=
=(4)>0
ゆえに
<

(1)




(2)



(3)




(4)






【例3】
a>b, c>dのとき,次の不等式は「つねに成り立つ」「必ずしも成り立たない」「絶対成り立たない」のいずれであるか答えてください.
ac−bd>bc−ad
(解答)
仮定により
a−b>0, c−d>0
このとき
(ac−bd)−(bc−ad)
=ac−bd−bc+ad
=a(c+d)−b(c+d)
=(a−b)(c+d)
仮定によりa−b>0であるがc+dの符号は正にも負にも成り得る.
よって「必ずしも成り立たない」…(答)
成り立つ例(a>b, c>dかつc+d>0となる例を示せばよい)
a=2>b=1, c=1>d=0のとき,ac−bd=2, bc−ad=1
成り立たない例(a>b, c>dかつc+d≤0となる例を示せばよい)
a=2>b=1, c=0>d=−1のとき,ac−bd=1, bc−ad=2
【問4】
a>b, c>dのとき,次の不等式は「つねに成り立つ」「必ずしも成り立たない」「絶対成り立たない」のいずれであるか答えてください.
a+c>b+d
(解答)…正しいものを選んでください.
【問5】
a>b, c>dのとき,次の不等式は「つねに成り立つ」「必ずしも成り立たない」「絶対成り立たない」のいずれであるか答えてください.
ac>bd
(解答)…正しいものを選んでください.
【問6】
a<b<cのとき,次の不等式は「つねに成り立つ」「必ずしも成り立たない」「絶対成り立たない」のいずれであるか答えてください.
a2+b2<ab+bc
(解答)…正しいものを選んでください.
【問7】
a<b<c<dのとき,次の不等式は「つねに成り立つ」「必ずしも成り立たない」「絶対成り立たない」のいずれであるか答えてください.
ac+bd>ab+cd
(解答)…正しいものを選んでください.

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※筆者の感想・・・突っ込みどころ満載の単なるつぶやき
【願望と現実との取り違え】
 証明問題では他の単元よりも零点答案が多く見かけられます.答案を見ると,それは「仮定と結論のもつれ」「願望と現実の取り違え」「言いたいことと言えていることの混同」になっているためです.
 生徒の「思い」としては「願望と現実の取り違え」がない場合でも,書かれた答案の「表現」としては「言えていること」から「言いたいことを」示す形になっていなくて,「結論」を仮定した答案になっていることが多いのです.
 証明の文章は特に逆に読むという接続詞が書いてなければ,前から後ろへ,上から下へ読みます.
 例えば,a>bならばa+c>b+cとなることを証明しなさいという問題において
a+c>b+c
a>b
という答案があれば,これは「a+c>b+cを変形すれば(仮定すれば),cの移項によりa>bが言える」という答案になります.これは零点答案です.
 難しい問題の場合には,結論の方からも歩み寄らないと証明しにくいことはありますが,その書き方は上のような「書き方」とは違うのです.
 「(・・・を示すためには・・・を示せばよい)などのように仮定と結論を逆順に指定する言葉を入れる」とか,「(a+c)−(b+c)はどうなるか分からないが調べてみよう」といったスタイルで書き,結論を使わない形に書く必要があります.
(a+c)−(b+c) …(差を調べてみようという書き方にする)
=a+c−b−c …(まだ結論は書かない)
=a−b …(まだ結論は書かない)
>0 …(仮定から言えること)
a+c>b+c …(結論は最後に書く)
【宣言的知識と手続き的知識】
 証明問題について,多くの生徒が疑問に思うこととして「誰か偉い専門家が証明したのなら,それは真理なのだから,自分は覚えるだけでよいのではないか.自分のような初心者がなぜ専門家が証明したことをもう一度証明しなければならないのか,意味が分からない」ということがあります.つまり「証明問題をやることは無駄だという感情」が学習意欲を妨げるようなのです.
 誰かが正しいことを証明して覚えたら済むような知識は「宣言的知識」と呼ばれますが,多くの生徒は世の中が宣言的知識だけで成り立っていると考えている節があります.実際には,社会生活においてそれぞれの人が解決しなければならない具体的な問題は,置かれた状況の数・人の数だけあり,それぞれの人が解決しなければならない個々の場合を網羅することはできません.
 例えばあなたが,コンピュータで処理するときに,幾つかの例から「Aのときにはほとんどの場合Bになるようだ」という印象をもっているとします.1つの処理に数時間かかるとして,Aならば必ずBになるという証明ができて,AであってかつBでないときの処理が不要になる場合は,両方の準備をする場合と比較すると大きな時間の節約ができることになります.
 また,あなたが何らかのイベント企画担当者であっても同様に,AであってかつBでないときの処理が不要になる場合は,両方の準備をしてそれぞれ警備員を雇う場合と比較すると大きな経費の節約ができることになります.
 証明の仕方のようなものは,「手続き的知識」と呼ばれ手順を踏んで処理するの仕方を実技科目のように身に付けなければならないものです.
【悪循環の構図・・・個人的印象】
 不等式に限らず,数学で証明問題はここ数十年の間にだんだん教えにくくなってきたという印象があります.それは,高校には単位認定制度があって,その人の年間総得点があまり低いと単位認定ができない仕組みになっていることと関係があります.
 授業で教えたことは特別な事情がなければ定期試験で達成度を試験しなければなりませんが,上で述べたような事情もあって,証明問題を出題すると数学を苦手とする生徒は答案の形にならず零点答案を書いてしまいます.極端に言えば,全員できなければ進級には差し支えないとも言えますが,できない人だけができないとその人が進級できません.このようにして教える側が証明問題を出題することをだんだんと避けるようになるようです.
 証明問題を扱う時期が1学期の初めの方であれば,仮に零点となってもまだ2学期,3学期に挽回するチャンスがありますが,やさしいものから難しいものへと単元を並べると,どうしても証明問題を扱う時期が2学期以降になってしまいます.このようにして,証明問題を扱うと「一発アウト」となる人が出やすくなり,あまりに危険なので教える側も証明問題を避けるようになり,結局,証明問題をだんだん教えなくなる.こうして「できない」→「教えない」→「さらにできなくなる」という悪循環を生じているという印象があります.