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スタッフの独り言日記

の独り言ページにご来訪いただき有り難うございます。このページは「 GaSssYeah ! ふれあいコンサート」スタッフの私が、コンサートにまつわる独り言を勝手気ままに書き連ねたページです。町の検閲により内容が変わることもあるかも知れませんが(ウソウソ(^^;)気が向いた時に更新しますので、気が向いた時に読んでやって下さいませ。下から上へ新しい日付になっており、一番上の日記の日付が自ずと最終更新日を示しております。
尚、ご意見等ございましたら gassyeah@geisya.or.jp 迄メールでお願いいたします。  mail

日記の初日に行く

1998年8月29日  4時からの仕込みに出かける。三々五々出演者やスタッフが集結してPA機材の搬入から始める。すごい大荷物に教育委員会メンバー唖然とするも、次第に組みあがっていくステージを見ながらなにやら感慨深げだ。照明は会場最後部の足場の上に2本、ステージ脇の両側から2本、ステージ後ろに色つきの4本が両脇に2セット、それからステージ正面に目眩ましがひとつ。会場の客電を落として照明を当てると、とてもここが中央公民館の講堂とは思えない雰囲気だ。狭い会場なのでドラムの音がPAでコントロールできるように、ドラムの前に分厚いアクリルの仕切板が立つ。スピーカーはメインにTADのウーハーとドライバー、モニターにはEVのフロアモニターがフロントに3台とドラムの所に一台。あとステージ両脇にJBLのパワードスピーカーが2本と、勿体ない程のセッティング。しかもアコギ用のマイクはなんとAKGの名器、C414ではないか!これでは出来の悪さをPAのせいには出来ないぞ。(^◇^;) 今日は"ばんばらこ"と"ピアス"と"クラブM"がリハーサルに臨んだ。クラブM以外はPOPさんのPAは初めてとあって、出てくる音の凄さにとまどいさえ見受けられる。"ピアス"リーダーの小田君曰く「何でも自分でやろうと思うのは間違いだと言うことを思い知ったわ。やっぱり餅は餅屋やなぁ〜。」いよいよ本番は明日になった。


1998年8月27日  午後から教育委員会のスタッフが、教委にまかせている機材などの搬入やコンサートの下準備を始めるというので、私も中央公民館に出向いてステージの裏に張り付ける看板などを仕上げることにする。照明用足場、パンチカーペット、ドラム用のステージなどを搬入。ついでに照明用足場を大試行錯誤の末組み立てる。なんか部品が余ってるんですが・・・(^^; 着々と準備はすすむが、一番心配なのは当日の客の入りだ。なんせコンサートに来る客は、みんな選挙の無党派層のようなものだから、当日の天候でもかなり左右されるのではないだろうか?因みにまだ台風4号が関東の太平洋沖で迷走していたりするのだ・・(_ _;


1998年8月某日  小さな「やった〜!」 このコンサートには直接関係ないんだけれど、マスコットをデザインしてくれたスタッフの"I"さんが、デザイナーの"O"さんに依頼されて描いた福岡の"介護タクシー"の、ハートを持った孫悟空のマークが、なんと月曜日のNHK夜7時のニュースで映った。偶然テレビを見ていた私は、あわててビデオに録画。早速"I"さんの携帯に電話すると某バーで盛り上がっている様子、この話でまた一気に火がついたみたいで、「出て来い」とお呼びがかかる・・・(^◇^;) フォトグラファーには器用な人が多いとは、糸井デザインさんのお話。全くもって人は見た目によらない・・(^o^)ヾ(--; 明日から「先生」と呼ぶべきか?!


1998年8月23日  午前中Iさん宅で会場の看板の制作に取りかかる。方式が二転三転。スーバーマンの胸のマークをもじった逆3角形の中に"GaSssYeah!"の文字などを組み込むことにしていたが、かなり無理があることが判明。わりと平凡なものになるかも知れないが、とりあえず原案に1cm四方に引いた升目を、7.5倍にした升目に写しながら下書きを完成させ、塗りは明日にすることに。我が家へ帰るとなにやら細長い箱が届いている。あれ?なんか通販で買ったっけ?(^^; 送り状を見ると岩滝町出身のデザイナー糸井さんの事務所"ITOI DESIGN INC."からの荷物だ。中から"GaSssYeah!"ポスター2点の、なんとA2に出力したものが出てきてビックリ!(@_@)  実はポスターの図柄を「気に入った」と仰っていただいた糸井さんに、PhotoshopとIllustratorの業界仕様?のデータ保存方法を教えていただきながらデータをメールでお送りしたのだが、それがまさかこんな形になって帰ってくるとは!何年か前に放流した鮭の稚魚が、立派に成長して帰ってきたのを目の当たりにした水産試験場職員のような気分で、(^^; 感激を箱ごと小脇に抱え、さっき後にしたばかりのIさんの家に走る。件のIさんも普段から自分の仕事がポスターに成っていく行程は日常茶飯事な事とはいえ、やはり仕事とはちょっと違った感激があったみたいだ。Hewlett Packardの高画質プロッターで出力された、実に美しいポスターをしばし2人で目を細めながめる。糸井さん、本当にどうも有り難うございました。m(_ _)m


1998年8月某日  岩滝町の広報誌に"GaSssYeah ! ふれあいコンサート'98"のPRが出る。Iさん考案ののマスコットと、私の作ったロゴがモノクロながら使われていて、「出る人、見る人、聞く人、み〜んな無料!」のキャッチコピーがすごい!誰が考えたのかKさんに聞いたら「私です」とのこと。このコンサートの趣旨を端的に表す、実にインパクト有るコピーだ。(^◇^;) 朝日新聞岩滝販売所が発行している折り込みにも小さいスペースながら広告を載せてくれている。少しずつ認知の輪が広がってるようで嬉しいな。みなさんどうもありがとう。


1998年8月20日  急遽出場者とPAさんも含めて午後7時30分より会場の下見も兼ねて中央公民館で最終のミーティングを行う。いわゆる拳固めってやつだ。またまたクロスロードは無断欠席、仕事で忙しいのはわかるけど一言有ってもいいんじゃないかな。(~_~;) 件のT.Y.Nもようやく初お目見えで、PAさんの意見や要請なども含め、コンサートの流れ等、順を追って最終チェックをする。T.Y.Nさん、今回はオリジナル中心で構成を考えていたらしいが、H氏に「この間やったような(一般受けする)曲をやって欲しい。オリジナルはどうしても暗くなりがちだから。」と言われる。長老の言うことに逆らう気はないけど、う〜ん・・ちょっとそれは可哀想じゃないだろうか。自分たちの思い通りに楽しく愉快に音楽をすることがT.Y.Nさんの身上というか、アマチュアミュージシャンの特権だよね。T.Y.Nさん、オリジナルで張り切ってこのコンサートに臨むつもりだったと思うんだけど・・やる気なくさないでね。(^^; 一応電気バンドもののリハは出来る限り前日にやることにする。会場の下見では、ステージの狭さが問題になる。ドラム用のスペースを取ると、前の空き分が1m台しか残らない。色々考えてみるも結論は出ず、当日カットアンドトライでやることに。こういったアバウトさが3セクイベントらしくていいなぁ・・(^o^; 前日当日の段取りの再確認と出場者の健闘を祈って閉会。


1998年8月17日  朝から教委のKさんと急遽参加のT.Y.Nの事などに関して打ち合わせる。気がついたらもう2週間を切ってるんだなぁ・・(^^; K電業さんの倉庫へ照明用足場を見に行く。その場で貸していただけるようお願いする。一応最終のスタッフ、出演者会議を20日に中央公民館で行うことに決定。PAさんにT.Y.NのプロフィールカードをFAXする。バンド3組は前日にリハが出来ないかと打診がある。う〜ん・・(^^; 出場者紹介のページに、T.Y.Nの紹介を追加。


1998年8月12日  教育委員会から前日のPA立ち上げに関する案内が届く、この辺が律儀だなぁ。(^^) しかし"追伸"に「ばんばらこが都合により2名(ご夫婦)構成に変更」と書いてある。う〜ん・・残念・・・3本のギターでの掛け合いは、"ばんばらこ"の醍醐味なんだけど、まあ今度は夫婦漫才が楽しめる?!(^o^)ヾ(--; ところで8月9日に岩滝町民体育館横で行われた第2回納涼フェスティバルに、橋立中学校の先生が中心となって活動しているバンドが出演して盛り上がったそうで、その場に居合わせたGaSssYeah!スタッフが「是非!」と出演を打診したらしく、連絡してコンサートの趣旨等を説明することに。もともと「出演時間を気にすると、時間が余ってしまうの法則(高校時代に発見(^^;)」を 気にしていたので、1バンド位のオーバーブッキングはいいんじゃないかと思う。(あれれ・・今日はやたら顔文字が多いぞ・・(_ _;)


1998年8月9日  岩滝に関するリンクのページを作ることをふと思い立ち、30分ほどで立ち上げる。一応リンクを張ったウェブ管理者にはご挨拶のメールを出しておくことに。もっともっと増えて欲しいなぁ・・。もしこの他にも岩滝に関するホームページをご存じの方がいらっしゃったら、是非ご連絡下さい。>皆さん


1998年8月5日  教育委員会のKさんから照明用の足場の件で電話あり。K電業さんがローリングタワーならあるとのこと。早速押さえておいていただくようお願いする。PAさんにその件を連絡してメインスピーカー台の相談。キーボードスタンドでもいいかな?と言う話に。これもドラムのステージを一段高く設定するため、他のポジションとの兼ね合いで、セッティング後様子を見ながら考えることに。PAの仕込みは前日の29日午後4時からに決定。


1998年8月4日  地域情報誌「えふ」の編集長さんに、岩滝町内の某氏邸でお会いし、次号に「GaSssYeah ! ふれあいコンサート '98 」情報の掲載をお願いする。

インターネットにホームページを立ち上げる。最近は色々と安いコースもできていて、なんとビジネスコース一年間が、1MBのホームページエリアも含めて5.000円ちょっとという時代。このコンサート専用のホームページなので、当分1MBで十分だろう。そんなわけでこの独り言のページも、「枯れ木も山のにぎわい」で作ってみました。(^^ゞ


1998年7月30日  PAさんからクラリスとエクセルの書類の仕込み図と配線表がB-mailで届く。す・・すごい!本格的だ!!でも仕込みが大変そう・・(^^; 後ろの照明台とメインスピーカー台に使う土木作業用の足場を捜しておいてくれとのこと。早速教育委員会に出向いてKさんに何処か貸してくれるところがないか打診をお願いする。


1988年7月20日  第三回「GaSssYeah! ふれあいコンサート」実行委員会 出場者を交えて

コンサート出場者 のうち、夜も働く働き者の " クロスロード " 以外のバンドの代表者が集まり、コンサートの趣旨の説明や、PAに関する打ち合わせ等を行う。とりあえずアコースティック系バンドが四組と、エレクトリック系のバンドが二組。アコースティック系のうち、 " 赤い羽根 " を除く全てのバンドがマイクを内蔵しないアコースティックギターを使うという。一人の場合はともかく、ギター三台の " ばんばらこ " は結構バランスを取るのが大変かも・・(^^; 

その他「手作りコンサート」って言うことで、PAの立ち上げから出場者にも協力していただくことを確認。ここからみんなで力を合わせてやらないと、打ち上げのビールが美味しくないのだ。(^◇^;)
PAの立ち上げは前日に、リハーサルは当日午前9時からに仮決定。ようやく具体化してきた。

またこの日アイロンプリントで制作したスタッフ用Tシャツ10枚とポスター100枚を納入する。その場でポスターを貼ってもらえる方に手渡し。実行委員にもTシャツを配る。


1998年7月某日  電源関係の下見

これまでにも一応ステージのサイズ等は計っていたが、照明機材を持っていない私は、 先輩のPA屋さん に相談。一緒に会場に電源関係の下見に行ってもらえることに。「昭和37年頃に建てられた中央公民館は、現在のような電力依存社会を予想していないだろうから・・」との、私の予想は見事に覆された。PAにも照明にも十分な容量があることを確認。先輩に照明機材のレンタルをお願いするが、件の先輩は「なんなら採算度外視でPAを引き受けたげるよ」と嬉しい言葉を・・・(;_;) 早速Kさんに確認したところ、「あなたがPAを請け負っているわけだから、そっちで業者に依頼する分には全然問題がない。」と言うことなので、この際PAは先輩にお願いすることにした。正直言って「嬉しい!」と叫びたいくらい肩の荷がおりた気分。でも十分な謝礼など到底払えそうにないから、この部分はちょっと気にかかるが・・・実行委員や出場者が " ローディ " のつもりでがんばらなければ。


1998年7月13日  第二回「GaSssYeah! ふれあいコンサート」実行委員会 出場者決定

回覧板に同封されたコンサートの申し込み書を見て、4組の出場者がとりあえず名乗り出た。期待していた高校生のバンドからの申し込みが1件もなかったのは残念だ。その他に実行委員のほうで当たっていたバンドの中から「出場したい」との連絡をくれた二組を加えて、これで予定通りの6組の出場者が決定した。

それにしても回覧板に同封って言う公募の仕方は、果たして効率的だったのかなぁ?これはいわば全ての町民に対して「公平を期す」と言う、一面苦肉の策みたいなものでもあったのだけれど、もう少し積極的に公募しても良かったんじゃないだろうか・・・

私が声をかけたバンドは「え?回覧板なんか見てへんで・・」と、これまたつれない返事だった。そうだよなぁ〜、バンド組んでるような年齢層のものが、回覧板は見てないかもなぁ・・。私としては、勉強もそこそこにギターを抱えて出ていく我が子に、回覧板を見たおかあさんが、「ちょっとあんた、こんなん岩滝でやるらしいで、出てみないな」「えぇ・・そんなダシャ〜んいらんっちゃぁ」「なにゆうとるん、こう言うときに出んかったら、なんのために練習しとるんなん」・・・と、会話の弾む微笑ましい団欒家庭を思い浮かべていたのだが・・・(^◇^;)

とりあえず6月20日に出演者にも寄ってもらって第3回目の実行委員会を催すことにした。


1998年7月某日  ポスターはどうしよう・・

ポスターはせめてA3の大きさにしたい。これでも小さいのはわかっているけど、予算の関係上カラー印刷を印刷屋に依頼するのは不可能。そうこうしているうち、Iさんの仕事仲間の豊岡在住のデザイナー " O " さんが、安いカラーコピーを見つけてきてくれた。なんと場所は香住だそうだ、頑張って車を飛ばしても、岩滝から2時間近くかかる距離だが、 " O " さんがわざわざ足を運んでくれると言う。感謝感激! 「ところで香住の文房具屋さんって・・まてよ?」そう思って聞いてみると案の定「 ライブハウス・モノラル 」のご主人のお店だった。こう言うところも音楽のとりもつ輪かな?(^^)  アルプス の MD- 2300の昇華プリントモードでA4原版を作り、デザイナー " O " さんに託す。

数日の後A3に拡大カラーコピーされたポスターが出来上がった。心配するようなカラーコピー独特の濁ったような色ではなく、実に原版に近い素晴らしい仕上がりだった。判が小さい分は2枚張りなりして、目立つようにすれば良いと言う結論に達する。

ポスター1   ポスター2

今回作成した2つのポスター



1998年6月某日  スタッフIさんと連日謀議?する。(^^;

パンフやポスターなど、音楽以外の部分を考える。限られた予算内でイベントを打つために、極力自分たちで出来ることは自分たちでまかなわなければならない。ポスターのデザインを色々考えてみるのだが、もう少しピンと来るものが出来ず、絵心のある Iさん にコンサートのマスコット的な絵のデザインをお願いする。二つ返事で彼がひょいひょいとアクリル絵の具で書いた絵を10枚ばかり、夕方に持って私の家に現れる。「すごい!」実に味のある、しかもインパクトのある絵だなぁ・・。その中から意見が一致した絵と、「 」と言う、漢字の " 人 " をデザインした、いかにもこのコンサートにふさわしい絵を、早速スキャナーで読み込み、文字をデザイン配列しポスターの見本を試作。

「こりゃおしゃれ!」「インパクトあるでぇ!!」Iさんと2人で思いっきり盛り上がる。(^^; 一応このデザインでポスターやパンフ、それに折角だからスタッフ用のTシャツも、アイロンプリントで作ることにした。

Tシャツ表 Tシャツ裏

スタッフ用のTシャツ




1998年6月8日  第一回「岩滝町ふれあいコンサート ( 仮 ) 」実行委員会

岩滝町教育委員会会議室にて、とりあえず実行委員のHさん、Tさん、Iさんと私の4名に、教育委員会コンサート担当のKさんが顔を合わせて初会議。さてさて龍が出るか蛇が出るか・・もともと私自身、昨今の自治体による安易な企画もののコンサートに、ある種の疑問を持っていたので、町側の趣旨がもう一つはっきりしなくて「とりあえず既成事実の為のコンサート」と言う姿勢であるならお断りするつもりだった。しかしKさんの口をついて出た言葉は「私は全く音楽のことはわからないので皆さんに全てお任せします。」い、いきなりそう言われても・・・(;^◇^;)

とは言うものの音楽好きの実行委員4人、我が町でコンサートが出来るとなったら話が弾まないわけがない。(^^; 私の強面の姿勢も何処へやら・・で、とにかく実行することを前提に話が進みはじめた。そこで無理矢理?コンサートの趣旨と方向性をみんなの話からまとめると次のようなものだ。
「岩滝町民による、岩滝町民と音楽を愛するすべての方々のふれあいの場をつくり、町内に潜伏する?アマチュアのミュージシャンを掘り起こし演奏の機会を提供し、世代を越えた音楽によるコミュニケーションによって、人の輪を広げていこう!」

一応出場者は町サイドの希望で回覧板(!)に申込書を入れて公募することにした。参加条件は「バンドの中に岩滝町在住者、又は岩滝町で就業中の者が1名含まれること。」この " 限定 " はとっても面白いと思う。

PAは案の定?業者ではなく、自分のバンド用の機材と、僅かな経験を持つ私が担当することに・・・う〜ん・・これはかなり神経と体力を使うコンサートになりそうな予感が・・・

その次にコンサートの名前である。「ふれあいコンサート」なんてちょっとね・・・(^^;「名前も決めて下さい」とのKさんの一言で、水を得た魚の如くみんなが勝手にあれこれ言いだした。で、一致して考えるのは「岩滝町らしい名前でしかも格好いいもの」う〜ん・・この2つは水と油だ・・(^◇^;)
とは言うものの、岩滝弁で「想像を絶する」というか、最上級の「破格な」の意味を持った言葉、「がっし(せ)ゃ〜」を、なんとなく使いたいと言う全体の気持ちであった。そこで不肖私め、これを横文字にすることを提案、その名も「GaSssYeah ! ふれあいコンサート '98 Fork & Rock 編」で行くとことに決定した。

とりあえず名前が決まったところで夜も更けてきたし本日は解散。かくして中年おじさん(誰がじゃ!)5人が寄ってたかって、「GaSssYeah! ふれあいコンサート」への道はささやか?にスタートを切ったのだった。

*注・ " GaSssYeah!【がっし(せ)ゃ〜】" とは、たとえば「がっしゃ〜えりゃ〜わやぁ(ものすごく疲れるなあ)」「がっしゃ〜ようけの人がきとったでぇ(信じられないくらい沢山の人が来ていたよ)」と言う具合に使う。なんか岩滝のイベントらしいインパクトのあるコンサート名になった。それにしても、こんなことでもスタッフ一同、ああでもないこうでもないと、大いに盛り上がってしまうところが手作りイベントの醍醐味かな?(^^ゞ


1998年6月某日  「えっ?体育会系の岩滝町がフォーク&ロックコンサート?!」

岩滝町教育委員会から電話がある。委員の親父に電話かと思い「いま留守ですが・・」と電話を置きかけるが、私への電話であるとのこと。「これからちょっとおじゃまします」と言って電話が切られる。そう言えば以前埋蔵文化財の発掘要員にどうか?と問い合わせられたことがあったっけ。断りの言葉ばかりを考えていた私の元へ、いかにも人の良さそうなKさんがやって来た。話を聞くと、なんでも岩滝町教育委員会主催のコンサートをやりたいので実行委員として協力をお願いできないかとのことだった。「えっ?体育会系の岩滝町がフォーク&ロックコンサートですか?!」と思わず口をついて出てしまった私の言葉にKさんは苦笑いしながらも「これからは若者の音楽や文化にも力を入れようかと思いまして、今回はとりあえず第一弾ということで・・」




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